UL(ウルトラライト)と呼ばれるハイキング形式の基本的な考え方は、装備の軽さが安全性に繋がり、ハイキング中の負担が減る事で、自然をより自由に楽しむ事が出来る、というものかと思います。昔からの登山装備は重た過ぎて、安全性を守るための装備が疲労をもたらし、状況によってはリスクの方が大きいという事情から見直されています。ファッション性も高くて、広く受け入れられ始めています。
自分が山歩きを始めたのは2015年前後で、既にその時にはULが広がり始めていました。いわゆるパワー系ではない私は、初めから少しでも荷物を軽くしたい指向が強く、日常生活がミニマリスト寄りであった事も相まって、登山装備の軽量化を楽しんで来ました。技術と知識が大げさな装備を削減させてくれるなら、パワーよりもそちらを磨いて行こう、と考えました。例えば、樹林帯で野営する場合は、トレッキングポールでタープを張り、そうすればテントもテントポールも持たずに済むと言った具合です。地元が関西で山の標高が低く、そちらに馴染みやすかったというのもあります。
一方で自分が陥ったジレンマは、装備を軽くした夏山の山行は、冬山で必要な体力との間にギャップを生むという事でした。初めは夏だけの山歩きでしたが、次第に冬山へも行くようになり、スキーも始めました。冬の装備は夏より多く、重たく、そして軽量化も難しくなります。アイゼン一つとってもスノーギアを軽量化させるという動きはあまりなく、「強度や安全性>軽量性」という関係が冬は夏よりも強くなります。ULの発祥はアメリカのロングトレイルハイキングであり、基本的には夏期乾燥地帯を歩くところから来ています。ですので、そもそも雪山装備のUL化というのは無理があるのかもしれません。道具の進化は気候や気象条件と密な繋がりを持っています。合理性のあるものが残り、そうでなければ使われなくなります。温暖化の影響もあり、日本は熱帯寄りの気象条件になりつつありますが、3000mクラスの山ではブリザードがあります。それだけの幅を持った環境にパスポートなしで立ち入る事ができるのは幸せな事かもしれませんが、道具や装備に関しては使い分けが必要になってきます。そして、冬に20kgの荷物を背負う必要があったとして、夏の装備が5kg以下であると、夏山山行にトレーニング性を求める事は難しくなります。せめて10kg背負っておけば、荷物を持った時の身体の使い方や歩き方を確認できますが、5kg以下ではそれは難しくなります。10kgという重さは一般的な登山形式の小屋泊程度でしょうか。ULの日帰山行で10kg持つ人は稀かと思います。軽量化していても行動距離を伸ばせば、心肺機能や足腰のトレーニングにはなりますが、自分の中ではどうも別物感が拭えません。歩行中(走行中)の身体の振られ方や山行ペースの作り方が、冬のそれとやはり違うのです。冬山の準備をしておくには、夏場もある程度荷物を持った方が、今の自分には良いバランスです。
とはいえギアや装備が軽くなる事の根本的なメリットは確実にあります。同じ重量で持てるアイテムの数が増やせますので。山歩きの体力的な負担は時代とともに少なくなっています。登山者のマナー問題はありますが、ULを通してさらに多くの人が山を楽しめるようになっています。
ULの自分なりの楽しみとして、アイテムの個々の軽さとは別に、ひとつのアイテムが幾つの機能を果たすのか、という事があります。いわゆる「汎用性」です。山に持っていける物は限られていて、その不便さも楽しみのひとつではありますが、装備は平地でのキャンプ以上に削ぎ落とす必要があります。安全性に関わる装備が別々のものであれば、それは両方とも持たなければなりませんが、ひとつのもので機能的に兼用が効くなら、持つのはひとつだけでよくなります。これも軽量化に繋がります。製品個々の軽量化や素材の軽量化となると、自分に出来ることは製品を比べて探したり、余分なパーツを外したりするくらいで、大半はメーカーにしかタッチできない領域です。しかし「兼用できるもの」を考える事は、自分でも出来る楽しい遊びです。
「スポーク」(フォークとスプーンが一体になった食器)を愛用していますが、スプーンではパスタや固形のものが食べ辛く、フォークやお箸は液体が掬えません。スプーンとフォークを別々に持つのは嵩張るので、これはとても便利です。そういった視点で考える時に思うのは、「シンプルなもの」の汎用性です。「布」と「紐」はアイテムと呼ぶにはざっくりし過ぎですが、とても面白いです。布の大きさや紐の太さ、または素材によって機能の向き不向きは変わってきますが、とにかく色んな事ができるようになります。「布」はビバーク時のタープになり、保温、物を包んで分類する、運ぶ、あるいは怪我の治療に使う事もできます。「紐」(ロープ)は物の固定、装着、空間の整理、目印作り、場合によっては行動中の安全確保にも使います。シンプルな四角形などの布が色んなかたちに折り変えて使えるのに対して、同じ布生地でも「服」が殆ど服としてしか使えないのはその複雑な形状のせいです。「ザック」も足を入れて寝る事はできますが、タープにはなりません。同じ重量の「生地」を背負っていたとしても、汎用性には差があります。用途に特化するには形を限定する必要があって、その分の恩恵は確実にありますが、その恩恵をしっかりと堪能できているかということは、見直してもいいと思います。風呂敷をアタックザックに使ってみた事があります。アタックザックというのはテント場に大半の荷物を置き、最低限の荷物だけを持って山頂を往復するようなときに使うザックです。風呂敷はテントの中で保温の足しになり、タオルとしても使えます。一般的なアタックザックは薄くて軽いですが、他に使い道があまりありません。風呂敷はザックに比べると身体へのフィットが劣るので、急峻な地形では避けた方が良いですが、十分活躍出来る場所はあります。メーカーがデザインした製品は上手く考えられたものばかりですが、逆に言うとデザインされた使い方しかできない事が多いのも事実です。
昔からナイフ一本だけを持って山を歩く姿が憧れとされてきました。自分もその姿に今も憧れます。究極のULは山にあるものを効果的に使って、装備は持たずに山行することかもしれません。ブッシュクラフトやサバイバルの知識がそれを助けるかもしれません。ULがただの文化となってファッションに吸収されるのは意図するところではないと思います。自然は元来過酷で、ULは人がタフである事をベースに生まれたものだと思います。必要最低限を見極める術や、限られた物資でやりくりするという知恵は、日常の防災や、物が飽和している生活を見直す事に繋がると思います。